塩貝城跡

基礎データ

資料よみ しおがいじょうせき
資料名 塩貝城跡
員数
所有者 個人
所在地 南丹市日吉町神胡麻谷44番地
指定区分
種別 史跡
指定年月日
年代 戦国時代
文化財の説明 塩貝城跡は、桂川支流の胡麻川右岸に広がる丘陵上に位置し、城跡からは胡麻の平地部分が一望できる。城跡は、尾根の南側に堀切を設け、北側の尾根上を城域とする。最大の面積をもつ郭が最高所にあり、その北側にも郭を配す。周囲には畝状竪堀を敷設し西側北辺には堀切に面して土塁も設ける。このさらに北側には、鞍部の堀切をはさんでさらに別の郭を設ける。こちらは通称、鍛冶屋敷と呼ばれており、周囲を土塁で囲まれている。郭や土塁の構造は織豊勢力の影響があるものと考えられるが、一方で畝状竪堀が存在していることから戦国時代後半には機能していたと考えられる。城主は、『丹波志』には塩貝方源、地元伝承では塩貝将監とあり明智光秀との戦いで落城したと伝えている。
参考文献 『日吉町の文化財』1995.10 45頁
備考

位置図

基礎データ

資料よみしおがいじょうせき
資料名塩貝城跡
員数
所有者個人
所在地南丹市日吉町神胡麻谷44番地
指定区分市指定文化財
種別史跡
指定年月日1980/08/20
年代戦国時代
文化財の説明塩貝城跡は、桂川支流の胡麻川右岸に広がる丘陵上に位置し、城跡からは胡麻の平地部分が一望できる。城跡は、尾根の南側に堀切を設け、北側の尾根上を城域とする。最大の面積をもつ郭が最高所にあり、その北側にも郭を配す。周囲には畝状竪堀を敷設し西側北辺には堀切に面して土塁も設ける。このさらに北側には、鞍部の堀切をはさんでさらに別の郭を設ける。こちらは通称、鍛冶屋敷と呼ばれており、周囲を土塁で囲まれている。郭や土塁の構造は織豊勢力の影響があるものと考えられるが、一方で畝状竪堀が存在していることから戦国時代後半には機能していたと考えられる。城主は、『丹波志』には塩貝方源、地元伝承では塩貝将監とあり明智光秀との戦いで落城したと伝えている。
備考

位置図