普済寺仏殿

基礎データ

資料よみ ふさいじぶつでん
資料名 普済寺仏殿
員数 1棟
所有者 普済寺
所在地 南丹市園部町若森庄気谷76番地
指定区分
種別 建造物
指定年月日
年代 室町時代
文化財の説明 普済寺は寺伝によると平安時代初期に定省天皇(後の宇田天皇)と妹らが創建し、太平山桂松院と号してその当時は天台宗に属したとされ、その後室町期に入り足利尊氏が夢窓国師を開山として普済寺と名を改め、臨済宗寺院として復興させたという。その後、寛政年間頃に曹洞宗に改宗し、伽藍配置を変更したとされる。重要文化財の仏殿は観音堂ともいい、3間3間、1重、入母屋造、桧皮葺である。建立年代は南北朝時代と考えられ、大きく反り上がる軒、中央が盛り上がる花頭(火灯)形の窓や、波状の連子が入る弓欄間など、典型的な禅宗様の仏殿として貴重な建物である。
参考文献 園部町史通史編 図説・園部の歴史 2005.12.2
備考

位置図

基礎データ

資料よみふさいじぶつでん
資料名普済寺仏殿
員数1棟
所有者普済寺
所在地南丹市園部町若森庄気谷76番地
指定区分国指定文化財
種別建造物
指定年月日1915/03/26
年代室町時代
文化財の説明普済寺は寺伝によると平安時代初期に定省天皇(後の宇田天皇)と妹らが創建し、太平山桂松院と号してその当時は天台宗に属したとされ、その後室町期に入り足利尊氏が夢窓国師を開山として普済寺と名を改め、臨済宗寺院として復興させたという。その後、寛政年間頃に曹洞宗に改宗し、伽藍配置を変更したとされる。重要文化財の仏殿は観音堂ともいい、3間3間、1重、入母屋造、桧皮葺である。建立年代は南北朝時代と考えられ、大きく反り上がる軒、中央が盛り上がる花頭(火灯)形の窓や、波状の連子が入る弓欄間など、典型的な禅宗様の仏殿として貴重な建物である。
備考

位置図