基礎データ
| 資料よみ |
そのべこうとうがっこう ちゃしょ(きゅうそのべじょう ばんしょ) |
| 資料名 |
園部高等学校 茶所(旧園部城 番所) |
| 員数 |
1棟 |
| 所有者 |
京都府 |
| 所在地 |
南丹市園部町小桜町97番地 |
| 指定区分 |
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| 種別 |
建造物 |
| 指定年月日 |
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| 年代 |
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| 文化財の説明 |
10代藩主・小出英尚が明治2年に築城。小出吉親が、元和5年(1619年)に国替によって但馬国出石より移封し、船井郡、桑田郡、何鹿郡等約3万石を所有する園部藩が誕生し、吉親が初代藩主となった。天守閣を築かない陣屋型の園部陣屋は、元和7年(1621)に小麦山の東麓にある台地に築かれた。慶応4年(1868)に「帝都守衛のため」として、明治新政府から築城の許可を得て、櫓門3ケ所、巽櫓や小麦山の三層櫓などの櫓5ケ所、堀も造成して、明治2年8月に改修工事が完了、園部陣屋は園部城に生まれ変わった。明治4年(1871年)7月廃藩置県が断行され園部藩は廃止され園部県となり、園部城はそのまま園部県庁が置かれた。しかし園部県はすぐに廃止され京都府園部支庁となり、1872年(明治5年)に、現在まで残る建物以外は官有地や民間に払い下げ、政治機能としては役割を終えた。明治以降、城の中心地は各種の学校となったが、現在は京都府立園部高等学校の敷地となり、隅櫓や櫓門など一部の建物が現存する。園部高校の「巽櫓・櫓門・番所」は、平成29年8月21日「京都府暫定登録文化財」指定。 |
| 参考文献 |
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| 備考 |
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位置図
基礎データ
| 資料よみ | そのべこうとうがっこう ちゃしょ(きゅうそのべじょう ばんしょ) |
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| 資料名 | 園部高等学校 茶所(旧園部城 番所) |
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| 員数 | 1棟 |
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| 所有者 | 京都府 |
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| 所在地 | 南丹市園部町小桜町97番地 |
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| 指定区分 | 府暫定登録文化財 |
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| 種別 | 建造物 |
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| 指定年月日 | 2017/09/29 |
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| 年代 | |
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| 文化財の説明 | 10代藩主・小出英尚が明治2年に築城。小出吉親が、元和5年(1619年)に国替によって但馬国出石より移封し、船井郡、桑田郡、何鹿郡等約3万石を所有する園部藩が誕生し、吉親が初代藩主となった。天守閣を築かない陣屋型の園部陣屋は、元和7年(1621)に小麦山の東麓にある台地に築かれた。慶応4年(1868)に「帝都守衛のため」として、明治新政府から築城の許可を得て、櫓門3ケ所、巽櫓や小麦山の三層櫓などの櫓5ケ所、堀も造成して、明治2年8月に改修工事が完了、園部陣屋は園部城に生まれ変わった。明治4年(1871年)7月廃藩置県が断行され園部藩は廃止され園部県となり、園部城はそのまま園部県庁が置かれた。しかし園部県はすぐに廃止され京都府園部支庁となり、1872年(明治5年)に、現在まで残る建物以外は官有地や民間に払い下げ、政治機能としては役割を終えた。明治以降、城の中心地は各種の学校となったが、現在は京都府立園部高等学校の敷地となり、隅櫓や櫓門など一部の建物が現存する。園部高校の「巽櫓・櫓門・番所」は、平成29年8月21日「京都府暫定登録文化財」指定。 |
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| 備考 | |
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位置図